後世に伝え残したい記憶〜プロ野球、南海ホークス先発オーダー

昭和48年


優勝


監督 野村克也


?@中 島野育夫
?A二 桜井輝秀
?B右 門田博光
?C捕 野村克也
?D一 C・ジョーンズ
?E左 相羽欣厚
?F遊 佐野嘉幸
?G三 藤原満
?H投 (江本孟紀)



野村南海優勝時のメンバーである。


昭和43年シーズン中、堀込基明を放出して獲得した島野育夫が、1番・中堅に定着。盗塁王のタイトルまでは阪急・福本豊に及ばないものの、広瀬叔功の次の世代の俊足トップバッター。


3番・門田、4番・野村の全盛期が同じであったなら、南海ホークス400フィート打線はより破壊力を増していたことだろう。


この頃は、若手を中心とした投手陣の整備に力を入れていたチーム作りであった。


エース・江本孟紀、江本と両輪で柱となった山内新一、さらに西岡三四郎松原明夫の四本柱を軸にしっかりとしたローテーションを組み、押さえのエース・佐藤道郎への継投。


あるいは、若手投手を育てるため、できるだけ長い回を投げさせる。


後に本塁打王にもなる門田博光も怪我をするまでは、俊足・強肩の外野手だった。



5番・C・ジョーンズも長打が魅力であるが、長い手足を生かしての一塁手の捕球は安定していた。


打者では、広瀬やW・スミスなど貴重な戦力だった。